件の友人は漫画家で、主にコミケで同人誌を売ることで生計を立てていた。
 それなりに売れている人ではあった。
 だが、私からすれば頭痛の種でもあった。
 ここでは、彼のことを仮に「A君」と呼んでおこう。

 2000年代始めごろ。
 私は、気がついたら企画屋としては業界のてっぺんが見えるところまで来ていた。
 漫画、小説、ハリウッド映画界、ゲーム、いずれの業界でも、企画で私に勝てる人はいなかった。

 ところで、私は友人に対して「対等であること」を要求する。
 友人として認めた相手には、私と同じレベルの能力をもっていることを求めるのだ。
 この性格の苛烈さは、多分、どうしようもない。
 これがもとで友人を失ったことは何度もあったし、トラブルになることも多かった。
 A君との関係がこじれたのも、元はといえばその性格のせいでもあった。
 自分の能力のレベルを自覚するにつれて、私はA君の漫画家としての能力に向上が見られないことに、腹を立てるようになった。

 A君と私は長年の付き合いで、彼の能力とその欠点について、私はよく承知していた。
 だから、彼が漫画を描くたびにその内容を見て、説明不足な点やコマ割りの不備を指摘し、改善提案をするということを、何度かやっていた。
 分析と改善の能力は、私が企画をする上では非常に役立っていたが、A君の目から見れば、私の指摘はただの言いがかりと大差ないようだった。
 同人誌の売り上げでそこそこ金が回って、取り巻きが増えると、彼は私の話を聞かなくなった。

 ある程度、同人作家として名が売れると、周囲に人が集まってくる。
 そうした人が、プロの漫画家や編集者であるのならば、仲良くなるのは得策だ。
 最悪でも中立化しておく必要はある。
 また、アマチュアであっても、前途有望な人材なら丁重に扱うべきだろう。
 優秀な人材はどこかで他のプロとつながっていることが多い。そうした人たちに嫌われると、あとあと(業界の政治的に)面倒なことになるので、少なくとも邪険にしてはいけない。
 逆に言えば、単に「業界人っぽい人と仲良くなりたいだけ」な人物が近寄ってきても、適当にあしらって距離を保つのが賢明である。
 そういう虎の威を借りたいだけの人間は戦力にならないのだから。
 しかし、A君は賢明ではなかった。

 私から見れば、彼の取り巻きのほとんどは戦力外であり、話にならなかった。
 一部の例外を除いて「虎の威を借りたいだけの人間」が徒党を組んだに過ぎなかった。
 一方、A君から見れば、彼らは頼もしい味方ということだったようだ。
 私が彼の取り巻きを相手にしなかったことは、A君にとっては不愉快なことだった。
 こうして私とA君の間には溝が生じていたのだが、これを、私はすぐに埋められるものだと考えていた。
 これが間違いだったと気づいたのは、ずっと後のことである。
(続く)

もしも詐欺師を見つけたら?
あるいは、詐欺師に騙されている人を見つけたら?
どうするべきなのか?
これは答えの難しい問題だ。

普通に考えれば――その詐欺師を告発したいところである。
正義感の強い人ならきっとそうすることだろう。
しかし、やってみればわかる。
これは非常に困難であると。

詐欺師は餌食にする相手を見つけると、その人の「友達」になろうとする。
そして、偽りの友情に基づいて嘘をつき続け、嘘の関係を構築する。
カモに嫌われたらお金を搾り取れない。だから好かれようとするのだ。
その嘘は、第三者の目には見え見えであっても、騙されている当人には友情に見える。
最悪の場合は、詐欺師に洗脳されている。
非常にタチが悪いのだ。

たとえば賢いあなたが、騙されている人を見つけて「そいつは詐欺師だよ」と教えてやって、嘘を暴いたとしよう。
するとどうなるか?
騙されている人はすっかり詐欺師のことを「友人」だと思っている。
そこまでいかなくても「自分をわかってくれた人」などと思っている。
つまり犠牲者の脳内では「自分は特別な人間で、理解者もいる」ということになっている。
だから「自分は特別でもなんでもなく、理解者と思った人間はただの詐欺師だった」などという現実を、知りたくはないわけだ。

こうして、哀れな犠牲者たちは、詐欺師の方を信用して、あなたのことを「酷い人」「言いがかりをつける人」などといって、非難するだろう。

その詐欺師の獲物が複数いたりすると目も当てられない。
いつの間にやら貴方の周囲は敵だらけだ。
詐欺師はここぞとばかりに嘘の説明を始めて、自分のカモの結束を固くしようとするだろう。

あなたが論理的な説明や業界の常識的知識を駆使して、詐欺師の主張の矛盾や非常識を突いたとして、それに耳を傾ける人は驚くほど少ないだろう。
嘘を暴かれても詐欺師は慌てない。
別の嘘をついて誤魔化すか「嘘をついたのは君のためなんだ」などといって、嘘を正当化するだろう。
そして驚くほど呆気なく、犠牲者は再び騙されてしまうのだ。

詐欺の犠牲者が、自分にとって赤の他人であったならば、最終手段は簡単に選べる。
つまり、犠牲者を「見捨てる」という選択肢を採用するのだ。
だが、困ってしまうのはその犠牲者が自分の仕事上の相棒だったり、友人だったりするケースである。
見捨てようにも心情的に見捨てられない。
更には、その友人を騙している詐欺師が複数いたらどうする?
私が落ちた落とし穴の一つは、こういう最悪のケースだった。(続く)

 知る人は知る事実だが、漫画や小説など創作関連の業界は詐欺師がゴロゴロいる。

 漫画家や小説家にあこがれる人は多い。
 そして、志望者の多くは、この業界がどれほど儲からないかを知らない。
 作品一つで億万長者とか、そんな甘い認識で業界を目指してたりするもんなのである。
 そこにつけ入る隙がある。というわけで出没するのが、詐欺師である。

 詐欺師の典型的な手口は、まずはコミケに行って漫画家や小説家の志望者を見つけるところから始まる。
 そして、その作品を徹底的に誉める。
 人に褒められることに慣れていない志望者は、だいたいそこでイチコロである。
 次に詐欺師は「私はプロの編集者にコネがあるんだ! 売り込みをしてあげるよ!」などといって、連絡先を交換してくる。
 そしてあとは、何かと理由をつけてお金をたかるのだ。
 今なら、ネットを使って仕掛けてくる詐欺師も大勢いることだろう。

 詐欺師の正体はいろいろ。
 だいたいは「同人作家にコネがあって、ちょっとだけプロの編集者とも付き合いがある」程度の人である。もちろん、素人を本物のプロにするような権力はない。
 カモにされる人は、相手がその程度の人物であったとしても、勝手に頭の中で想像をたくましくして「自分を認めてくれたプロの大物」ということにしてくれる。
 稀に「本当のプロの編集者なのに詐欺を働く」という不埒ものもいるし「プロの小説家なのに詐欺を働く」という人もいる。窓際になっちゃった編集者や、2、3冊本を発行したあと打ち切りになっちゃったライトノベル作家が小遣い稼ぎをしてるわけだ。

 ターゲットにされる人は、だいたい類型的である。
 業界へのあこがれが強くて現実を知らない人。
 つまり詐欺師の嘘を見破れない人たち。
 そして、実力が比較的低い人たちだ。
 もしも詐欺に引っかけた相手が本当にプロになってしまった場合、詐欺師は復讐されるかもしれない。そこで、とうていプロにはなれそうにない人が獲物にされるのだ。
 誉められた経験に乏しい、自己評価の低い人や、中途半端に実力はあるがプライドも半端に高いという人も狙われやすい。そうした人は、詐欺師の誉め言葉を信じようとする。その信じようとする心が、詐欺師への警戒心を失わせるのだ。

 詐欺師の嘘を見破る方法は実に簡単である。具体的な話をしてもらうのだ。
 たとえば「過去にあなたがプロにすることができた人は誰ですか?」と聞けばいい。
 おそらく、誰の名前も上げられないか、適当にランダムに実在する作家の名前を答えるだろう。あとは、作家本人に真偽を問えばいい。
 物語の作り方についての話を振るのもいい。
 たいがい面白い物語を作る方法を、具体的に答えることができない。せいぜい「真心で描けば読者に通じる(ドヤァッ!)」という感じで、精神論をいう程度である。
 あるいは、プロになった後の収入がどの程度かと聞けばいい。
 現実のプロは、たいがい「ワーキングプア」である。
 小説家なら年収180万円とか250万円とか、300万円に到達しない人がほとんど。
 漫画家も、アシスタント代が必要になるので連載を持っていたとしても単行本が出ないと厳しい。
 詐欺師はターゲットから金を搾り取るために、夢のある話をする。
「プロになれば月収50万円は堅い」とか、平気で大嘘をつくのである。
 本気で誰かをプロにしたいと思っている人間なら、最初に厳しい現実を教えるはずである。
 覚悟がない人間に、取り返しのつかない人生の選択をさせてはいけないのだから。
 こういう辛い通過儀礼を避けるのは、つまり、詐欺師である。

 もしも詐欺師を見つけたら?
 あるいは、詐欺師に騙されている人を見つけたら?
 どう行動するのが正しいか。これはちょっと、考えものだ。(続く)

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