A君の事業は多額の借金を抱えて破たんした。
 なぜかといえば、当たり前である。

 最初からK氏はA君の金を巻き上げることが目的で事業を始めたのだから、この結果は当たり前である。だが、それでも回避方法がなかったわけではない。
 A君が、従業員であるK氏の業務上の出金、入金を必ずチェックしていれば、そうそう不正は通らないはずである。そして、そうするべきだった。
 ところがA君は、事実上、K氏に事業を丸投げしており、必要経費が幾らなのか、粗利が幾らなのか、税金が幾らなのか、最終的な利益がいくらなのか、そうした情報をチェックしていなかった。
 これでは不正のやり放題である。
 どこで金を横流しされても、告訴も何もできない。

 私は、半ば絶縁状態になった時期に、その問題をA君に指摘したことがある。
「君はちゃんと事業の経理をチェックしているのか?」と。
 しかし彼は鼻先で笑って「人を信じることの大切さ」について説教を始める始末だった。
 私の話はまったく信じないのに、自分に都合のいい話は全面的に信じるというのは、ただの怠慢なのだが、彼はついにそのことに気が付かなかった。
 彼が、自分の成功が蜃気楼だと気づいたのは、業務用の銀行口座からお金が消えたあとだった。
 こうして、彼の事業は破綻してしまった。

 これは、あまりにもあり触れていて新聞にも載らないような、ちっぽけな事件だ。
 その結果、一人の漫画家とその周辺の人間が破滅しても、世界の歯車が止まることはない。
 彼は現在、仕事仲間の大半から絶縁されて、それでもなお他にできる仕事もないので、漫画家という仕事にしがみついている。
 これから彼がどうなるのかは、多分、私が気にするべきことではないのだろう。


 これまで見てきたように、私はA君の能力が向上しないことが不満であったし、A君がその状態に安穏としていることが不愉快だった。何事も、やるなら頂点を目指すべしというのが私の信条であり、それに従うなら、A君は単に堕落したに過ぎなかった。
 A君からすれば、同人誌で経済的に金が回るようになったところがゴールみたいなものだった。
 彼からすれば、同人誌が売れた段階で人生の成功者のつもりだったのだ。
 その認識のギャップが、最終的に問題の解決を不可能にした。

 お金がある人間のもとには、様々な思惑の人間が集まってくる。たいてい悪意だが。
 その中に、詐欺師が混じっているのは茶飯事である。
 前に話したように、詐欺師はカモに好かれる努力をする。
 A君は、そうした詐欺師の1人にあっさり騙されてしまった。

 あるときのコミケで、私はA君から一人の男を紹介された。仮に名前をK氏としよう。
 A君の話では、彼はおもちゃ会社を立ち上げてそれで一旗あげるつもりらしい。
 そのK氏というのは、その協力者であり、社員だという。
 ところが、そのK氏は最初から怪しかった。
 なぜなら、K氏はA君がいないところでは、自分の取り巻きと一緒にA君のことを笑いものにしており、「アイツの金は俺たちのもんだ」などと、うそぶいていたからだ。
 怪しい。あまりにも怪しすぎる。誰だってそう思うだろう。
 私はA君に、K氏が怪しいことを伝えた。そのときK氏はすぐ隣にいて、その表情は、明らかに歪んでいた。絵に描いたような「悪事が露見した悪役の顔」をしていたのだ。
 やはり、最初からA君のお金が目的で近づいてきたのだと私は確信した。
 しかし――
 残念ながら、A君は私ではなく、K氏の方を信用してしまった。
 A君は私の話を言いがかりとしか認識せず「お前はそんなに俺が憎いのか」などと、まくし立てて、私を非難した。
 ところでK氏は、A君の後ろで吹き出しそうな顔をしていた。よほどA君が滑稽だったのか、私にざまみろといいたいのか、多分、両方だろう。
 この記事の最初に述べた通り、私から見てA君はただの未熟者であり、A君の自己認識とはズレがあった。A君にとって、K氏も、その取り巻きも信頼できる友人であり、ビジネスパートナーであった。その虚構を指摘されることは、彼には耐えられなかったのだ。

 その後、A君と私はほとんど絶縁状態になった。
 それから、彼の周りには様々な不審な出来事があったようだが、それを彼は「私の仕業」ということにしてしまった。彼の自意識では、私は成功者に嫉妬する凡人ということになっていた。

 現実はそうではなかった。
 A君の事業は、十数年後に、多額の借金をかかえて破綻した。(つづく)

 件の友人は漫画家で、主にコミケで同人誌を売ることで生計を立てていた。
 それなりに売れている人ではあった。
 だが、私からすれば頭痛の種でもあった。
 ここでは、彼のことを仮に「A君」と呼んでおこう。

 2000年代始めごろ。
 私は、気がついたら企画屋としては業界のてっぺんが見えるところまで来ていた。
 漫画、小説、ハリウッド映画界、ゲーム、いずれの業界でも、企画で私に勝てる人はいなかった。

 ところで、私は友人に対して「対等であること」を要求する。
 友人として認めた相手には、私と同じレベルの能力をもっていることを求めるのだ。
 この性格の苛烈さは、多分、どうしようもない。
 これがもとで友人を失ったことは何度もあったし、トラブルになることも多かった。
 A君との関係がこじれたのも、元はといえばその性格のせいでもあった。
 自分の能力のレベルを自覚するにつれて、私はA君の漫画家としての能力に向上が見られないことに、腹を立てるようになった。

 A君と私は長年の付き合いで、彼の能力とその欠点について、私はよく承知していた。
 だから、彼が漫画を描くたびにその内容を見て、説明不足な点やコマ割りの不備を指摘し、改善提案をするということを、何度かやっていた。
 分析と改善の能力は、私が企画をする上では非常に役立っていたが、A君の目から見れば、私の指摘はただの言いがかりと大差ないようだった。
 同人誌の売り上げでそこそこ金が回って、取り巻きが増えると、彼は私の話を聞かなくなった。

 ある程度、同人作家として名が売れると、周囲に人が集まってくる。
 そうした人が、プロの漫画家や編集者であるのならば、仲良くなるのは得策だ。
 最悪でも中立化しておく必要はある。
 また、アマチュアであっても、前途有望な人材なら丁重に扱うべきだろう。
 優秀な人材はどこかで他のプロとつながっていることが多い。そうした人たちに嫌われると、あとあと(業界の政治的に)面倒なことになるので、少なくとも邪険にしてはいけない。
 逆に言えば、単に「業界人っぽい人と仲良くなりたいだけ」な人物が近寄ってきても、適当にあしらって距離を保つのが賢明である。
 そういう虎の威を借りたいだけの人間は戦力にならないのだから。
 しかし、A君は賢明ではなかった。

 私から見れば、彼の取り巻きのほとんどは戦力外であり、話にならなかった。
 一部の例外を除いて「虎の威を借りたいだけの人間」が徒党を組んだに過ぎなかった。
 一方、A君から見れば、彼らは頼もしい味方ということだったようだ。
 私が彼の取り巻きを相手にしなかったことは、A君にとっては不愉快なことだった。
 こうして私とA君の間には溝が生じていたのだが、これを、私はすぐに埋められるものだと考えていた。
 これが間違いだったと気づいたのは、ずっと後のことである。
(続く)

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