これまで見てきたように、私はA君の能力が向上しないことが不満であったし、A君がその状態に安穏としていることが不愉快だった。何事も、やるなら頂点を目指すべしというのが私の信条であり、それに従うなら、A君は単に堕落したに過ぎなかった。
 A君からすれば、同人誌で経済的に金が回るようになったところがゴールみたいなものだった。
 彼からすれば、同人誌が売れた段階で人生の成功者のつもりだったのだ。
 その認識のギャップが、最終的に問題の解決を不可能にした。

 お金がある人間のもとには、様々な思惑の人間が集まってくる。たいてい悪意だが。
 その中に、詐欺師が混じっているのは茶飯事である。
 前に話したように、詐欺師はカモに好かれる努力をする。
 A君は、そうした詐欺師の1人にあっさり騙されてしまった。

 あるときのコミケで、私はA君から一人の男を紹介された。仮に名前をK氏としよう。
 A君の話では、彼はおもちゃ会社を立ち上げてそれで一旗あげるつもりらしい。
 そのK氏というのは、その協力者であり、社員だという。
 ところが、そのK氏は最初から怪しかった。
 なぜなら、K氏はA君がいないところでは、自分の取り巻きと一緒にA君のことを笑いものにしており、「アイツの金は俺たちのもんだ」などと、うそぶいていたからだ。
 怪しい。あまりにも怪しすぎる。誰だってそう思うだろう。
 私はA君に、K氏が怪しいことを伝えた。そのときK氏はすぐ隣にいて、その表情は、明らかに歪んでいた。絵に描いたような「悪事が露見した悪役の顔」をしていたのだ。
 やはり、最初からA君のお金が目的で近づいてきたのだと私は確信した。
 しかし――
 残念ながら、A君は私ではなく、K氏の方を信用してしまった。
 A君は私の話を言いがかりとしか認識せず「お前はそんなに俺が憎いのか」などと、まくし立てて、私を非難した。
 ところでK氏は、A君の後ろで吹き出しそうな顔をしていた。よほどA君が滑稽だったのか、私にざまみろといいたいのか、多分、両方だろう。
 この記事の最初に述べた通り、私から見てA君はただの未熟者であり、A君の自己認識とはズレがあった。A君にとって、K氏も、その取り巻きも信頼できる友人であり、ビジネスパートナーであった。その虚構を指摘されることは、彼には耐えられなかったのだ。

 その後、A君と私はほとんど絶縁状態になった。
 それから、彼の周りには様々な不審な出来事があったようだが、それを彼は「私の仕業」ということにしてしまった。彼の自意識では、私は成功者に嫉妬する凡人ということになっていた。

 現実はそうではなかった。
 A君の事業は、十数年後に、多額の借金をかかえて破綻した。(つづく)