ある漫画家の破滅 その1
これまで見てきたように、私はA君の能力が向上しないことが不満であったし、A君がその状態に安穏としていることが不愉快だった。何事も、やるなら頂点を目指すべしというのが私の信条であり、それに従うなら、A君は単に堕落したに過ぎなかった。
A君からすれば、同人誌で経済的に金が回るようになったところがゴールみたいなものだった。
彼からすれば、同人誌が売れた段階で人生の成功者のつもりだったのだ。
その認識のギャップが、最終的に問題の解決を不可能にした。
お金がある人間のもとには、様々な思惑の人間が集まってくる。たいてい悪意だが。
その中に、詐欺師が混じっているのは茶飯事である。
前に話したように、詐欺師はカモに好かれる努力をする。
A君は、そうした詐欺師の1人にあっさり騙されてしまった。
あるときのコミケで、私はA君から一人の男を紹介された。仮に名前をK氏としよう。
A君の話では、彼はおもちゃ会社を立ち上げてそれで一旗あげるつもりらしい。
そのK氏というのは、その協力者であり、社員だという。
ところが、そのK氏は最初から怪しかった。
なぜなら、K氏はA君がいないところでは、自分の取り巻きと一緒にA君のことを笑いものにしており、「アイツの金は俺たちのもんだ」などと、うそぶいていたからだ。
怪しい。あまりにも怪しすぎる。誰だってそう思うだろう。
私はA君に、K氏が怪しいことを伝えた。そのときK氏はすぐ隣にいて、その表情は、明らかに歪んでいた。絵に描いたような「悪事が露見した悪役の顔」をしていたのだ。
やはり、最初からA君のお金が目的で近づいてきたのだと私は確信した。
しかし――
残念ながら、A君は私ではなく、K氏の方を信用してしまった。
A君は私の話を言いがかりとしか認識せず「お前はそんなに俺が憎いのか」などと、まくし立てて、私を非難した。
ところでK氏は、A君の後ろで吹き出しそうな顔をしていた。よほどA君が滑稽だったのか、私にざまみろといいたいのか、多分、両方だろう。
この記事の最初に述べた通り、私から見てA君はただの未熟者であり、A君の自己認識とはズレがあった。A君にとって、K氏も、その取り巻きも信頼できる友人であり、ビジネスパートナーであった。その虚構を指摘されることは、彼には耐えられなかったのだ。
その後、A君と私はほとんど絶縁状態になった。
それから、彼の周りには様々な不審な出来事があったようだが、それを彼は「私の仕業」ということにしてしまった。彼の自意識では、私は成功者に嫉妬する凡人ということになっていた。
現実はそうではなかった。
A君の事業は、十数年後に、多額の借金をかかえて破綻した。(つづく)
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