人は、自分の願いどおりのことを信じる。
 そういったのは確か、ローマのカエサルだっただろうか。同じような発言を、過去のさまざまな偉人がいっているので、オリジナルが誰の言葉なのかははっきりしない。
 この言葉に示される真実は、当たり前といえば当たり前だが、なかなか自覚できないものだ。特に、当人にとっては。
 私は過去に、詐欺師の話をしたけれど、詐欺師に騙されている人に向かって、真実はこうだと教えることは、しばしば非常に困難だ。詐欺師は人が望んでいる嘘をつくからだ。
 ネットでは、政治、経済、サブカルチャーなどの各分野で、大小さまざまな議論が沸き起こっているけれど、これらの議論によって他人の考えが変わるということは、まずあり得ない。相手の願望を理屈で崩すことは不可能だからだ。
 そんな困難なことを、やらないといけない状況というのは、最初から泥仕合が確定している。
 できれば避けたいものである。

 ――と、そう思いながらも、私は過去何回も、そのような状況に直面している。
 詐欺師を告発し、騙されている人に真実を教えようと悪戦苦闘したのは、まさしく泥仕合だった。
 私がこれまで話してきた、そしてこれからも話し続けるであろう話は、そうした泥仕合の記録である。