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2018年11月

もしも詐欺師を見つけたら?
あるいは、詐欺師に騙されている人を見つけたら?
どうするべきなのか?
これは答えの難しい問題だ。

普通に考えれば――その詐欺師を告発したいところである。
正義感の強い人ならきっとそうすることだろう。
しかし、やってみればわかる。
これは非常に困難であると。

詐欺師は餌食にする相手を見つけると、その人の「友達」になろうとする。
そして、偽りの友情に基づいて嘘をつき続け、嘘の関係を構築する。
カモに嫌われたらお金を搾り取れない。だから好かれようとするのだ。
その嘘は、第三者の目には見え見えであっても、騙されている当人には友情に見える。
最悪の場合は、詐欺師に洗脳されている。
非常にタチが悪いのだ。

たとえば賢いあなたが、騙されている人を見つけて「そいつは詐欺師だよ」と教えてやって、嘘を暴いたとしよう。
するとどうなるか?
騙されている人はすっかり詐欺師のことを「友人」だと思っている。
そこまでいかなくても「自分をわかってくれた人」などと思っている。
つまり犠牲者の脳内では「自分は特別な人間で、理解者もいる」ということになっている。
だから「自分は特別でもなんでもなく、理解者と思った人間はただの詐欺師だった」などという現実を、知りたくはないわけだ。

こうして、哀れな犠牲者たちは、詐欺師の方を信用して、あなたのことを「酷い人」「言いがかりをつける人」などといって、非難するだろう。

その詐欺師の獲物が複数いたりすると目も当てられない。
いつの間にやら貴方の周囲は敵だらけだ。
詐欺師はここぞとばかりに嘘の説明を始めて、自分のカモの結束を固くしようとするだろう。

あなたが論理的な説明や業界の常識的知識を駆使して、詐欺師の主張の矛盾や非常識を突いたとして、それに耳を傾ける人は驚くほど少ないだろう。
嘘を暴かれても詐欺師は慌てない。
別の嘘をついて誤魔化すか「嘘をついたのは君のためなんだ」などといって、嘘を正当化するだろう。
そして驚くほど呆気なく、犠牲者は再び騙されてしまうのだ。

詐欺の犠牲者が、自分にとって赤の他人であったならば、最終手段は簡単に選べる。
つまり、犠牲者を「見捨てる」という選択肢を採用するのだ。
だが、困ってしまうのはその犠牲者が自分の仕事上の相棒だったり、友人だったりするケースである。
見捨てようにも心情的に見捨てられない。
更には、その友人を騙している詐欺師が複数いたらどうする?
私が落ちた落とし穴の一つは、こういう最悪のケースだった。(続く)

 知る人は知る事実だが、漫画や小説など創作関連の業界は詐欺師がゴロゴロいる。

 漫画家や小説家にあこがれる人は多い。
 そして、志望者の多くは、この業界がどれほど儲からないかを知らない。
 作品一つで億万長者とか、そんな甘い認識で業界を目指してたりするもんなのである。
 そこにつけ入る隙がある。というわけで出没するのが、詐欺師である。

 詐欺師の典型的な手口は、まずはコミケに行って漫画家や小説家の志望者を見つけるところから始まる。
 そして、その作品を徹底的に誉める。
 人に褒められることに慣れていない志望者は、だいたいそこでイチコロである。
 次に詐欺師は「私はプロの編集者にコネがあるんだ! 売り込みをしてあげるよ!」などといって、連絡先を交換してくる。
 そしてあとは、何かと理由をつけてお金をたかるのだ。
 今なら、ネットを使って仕掛けてくる詐欺師も大勢いることだろう。

 詐欺師の正体はいろいろ。
 だいたいは「同人作家にコネがあって、ちょっとだけプロの編集者とも付き合いがある」程度の人である。もちろん、素人を本物のプロにするような権力はない。
 カモにされる人は、相手がその程度の人物であったとしても、勝手に頭の中で想像をたくましくして「自分を認めてくれたプロの大物」ということにしてくれる。
 稀に「本当のプロの編集者なのに詐欺を働く」という不埒ものもいるし「プロの小説家なのに詐欺を働く」という人もいる。窓際になっちゃった編集者や、2、3冊本を発行したあと打ち切りになっちゃったライトノベル作家が小遣い稼ぎをしてるわけだ。

 ターゲットにされる人は、だいたい類型的である。
 業界へのあこがれが強くて現実を知らない人。
 つまり詐欺師の嘘を見破れない人たち。
 そして、実力が比較的低い人たちだ。
 もしも詐欺に引っかけた相手が本当にプロになってしまった場合、詐欺師は復讐されるかもしれない。そこで、とうていプロにはなれそうにない人が獲物にされるのだ。
 誉められた経験に乏しい、自己評価の低い人や、中途半端に実力はあるがプライドも半端に高いという人も狙われやすい。そうした人は、詐欺師の誉め言葉を信じようとする。その信じようとする心が、詐欺師への警戒心を失わせるのだ。

 詐欺師の嘘を見破る方法は実に簡単である。具体的な話をしてもらうのだ。
 たとえば「過去にあなたがプロにすることができた人は誰ですか?」と聞けばいい。
 おそらく、誰の名前も上げられないか、適当にランダムに実在する作家の名前を答えるだろう。あとは、作家本人に真偽を問えばいい。
 物語の作り方についての話を振るのもいい。
 たいがい面白い物語を作る方法を、具体的に答えることができない。せいぜい「真心で描けば読者に通じる(ドヤァッ!)」という感じで、精神論をいう程度である。
 あるいは、プロになった後の収入がどの程度かと聞けばいい。
 現実のプロは、たいがい「ワーキングプア」である。
 小説家なら年収180万円とか250万円とか、300万円に到達しない人がほとんど。
 漫画家も、アシスタント代が必要になるので連載を持っていたとしても単行本が出ないと厳しい。
 詐欺師はターゲットから金を搾り取るために、夢のある話をする。
「プロになれば月収50万円は堅い」とか、平気で大嘘をつくのである。
 本気で誰かをプロにしたいと思っている人間なら、最初に厳しい現実を教えるはずである。
 覚悟がない人間に、取り返しのつかない人生の選択をさせてはいけないのだから。
 こういう辛い通過儀礼を避けるのは、つまり、詐欺師である。

 もしも詐欺師を見つけたら?
 あるいは、詐欺師に騙されている人を見つけたら?
 どう行動するのが正しいか。これはちょっと、考えものだ。(続く)

最初に。
 このブログはどこにもリンクを張らないし宣伝もしません。
 強いて、誰かに読んでほしいと思っていないからです。
 私はかつてライターとして活動し、さまざまな人々に会い、さまざまな経験をしましたが、今は廃業中です。
 もともとライター稼業を始めたのは、大学卒業後の就職活動に失敗して、生活費を稼ぐ手段が文章力しかなかったからという理由です。多くのライターは何か人に伝えたいことがあるからこの仕事を選ぶのですが、私の場合は、自分の文章を人に読まれることが苦痛に過ぎず、それゆえに廃業は最初から決まっていました。
 私が目標にしていたのは、どこかの企業に正社員として入社して平凡な日常を送ることであって、文章で独り立ちすることではなかったわけです。
 それで、私が夢をかなえたかというと、結論から行くと、失敗に終わりました。
 年齢的に言って、もう絶望でしょう。
 このブログは、私がかつて経験した出来事や会った人々について、思うところを書き綴る場所です。
 いまだに理解できないことや、気持ちの整理がつかないことが多いので、それを書くことで精神の安定を図りたい。そのための場所です。
 このブログを読んで、何らかの人生に役立つ教訓を得る人も、稀にいるかもしれませんし、何の役にも立たないという人が大勢でしょうが。これを読むあなたがそのいずれであったとしても、私は関知しません。

 先に挙げた、あまり積極的とはいえない理由でライターを始めた私は、二十代の長い時間を、不遇のまま過ごしました。
 三十間近になって、やっといくつかの幸運に恵まれて、プロの作家や企業相手にコネを作り、それを踏み台に、小説家や漫画家たちのために作品のプロット作成を行い、数多くのヒット作をこの世に生み出すことに成功しました。
 といっても、私の最終目標は就職先を見つけることで、企画者として認められるのはそのための手段にすぎませんでした。

 これが私にとっての不幸だったのでしょう。
 プロ小説家としてデビューさせようとか、何か文学賞を与えようとか、私のための会社を設立して社長に就任させようとか、そういう話は次々に舞い込んできたものの、私の目的である「会社員としての平穏な日々」が手に入るものではなかったため、すべてお断りしました。
 ところが、こうした行動は他人からはまったく理解されず、特に事情が分かっていないセミプロの漫画家や小説家志望者からは激しく嫌われました。
 私は自分が会った人や立案した作品について、特に秘密にすることもなく、日常的に話のネタにしていたのですが、それに対してこういう疑問を持つ人が後を絶ちませんでした。
「そんな大物とコネがあるなら、とっくに有名人になっているはずだ。そんな話は聞いたことがないから、お前の話は嘘に違いない」
 気が付くと、出どころ不明の悪口や悪い噂が飛び交い、困ったことに、私の就職活動にも支障が出るようになりました。
 さらに面倒なことに、私の話を嘘と決めつけたとある漫画家などは、よせばいいのに私と取引のあったプロのアニメ作家の複数が見ている前で、私のことを非難しました。きっと本人的には正義感に沿った行動だったのかもしれません。
 ところが、現実には私の話に嘘はなかったために、彼はプロの目の前で他のプロに言いがかりをつけた形になりました。それが原因で彼は仕事を失うことになったわけですが、この結末についての周囲の反応は「アイツは何か汚い手で陥れられた!」というものでした。
 私にとって不思議なのは、そのとき誰も、私の話の真偽を「当事者に問い合わせて確認する」ということをしなかったということです。思い込みと偏見で話を進めて、検証をしないのです。
 こういうトラブルが相次いで私の就職もライター業も台無しになってしまいました。

 それから10年以上の月日が流れてから、やっと私の話の内容を確認しようとする人が現れて、続々と裏付けが取れて、私の言葉のある程度が正しかったと確認されましたが、すべては手遅れでした。
 関係者の誰もが「そんなの知らなかった」などと言い訳をするばかりで、一人として謝罪の言葉を口にしなかったのは、不愉快なことです。

 これから、私は自分が落ちてしまった落とし穴がいったい何なのかを、一つ一つ考えていきたいと思います。

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