その1より続き。
 前回のおさらいから始める。
 二次創作同人誌を取り締まろうというS社の動きに対して、私はとりあえず、同人作家たちに情報を伝えることに決めた。
 問題の先送りにしかならないが、取り締まりの対象になるような二次創作同人誌が市場に出回らなければ、しばらくは誰も傷つかないと踏んだのだ。

 ところが、これが予想以上に難しかった。
 というのは、たまたま知り合った二次創作同人作家にこの話をしても、話の出だし、というか、前提となる知識の段階で話が平行線になってしまうのだ。

「二次創作の同人誌は、法的にグレーゾーンである」
「そもそも出版社は、おおむね、二次創作を快く思っていない」
 この二つの情報を伝えたところで、拒絶反応を示す人がほとんどだったのだ。

「みんなやってることなのに、何が悪いんだ?」
「同人誌は宣伝になるから版元も喜んでくれるという話を聞いた! だからお前の話は間違いだ!」
 一番多かったリアクションは、この2つ。
 それも、ヒステリックに「二次創作の権利」を主張してくる人がゴロゴロ。
 いや、ちょっと待て。

「同人誌は宣伝になるから版元も喜んでくれる」という説は、90年代の同人誌界隈でしばしば囁かれた話だが、その根拠はどこにあるかというと、単に同人作家が自分でそういっているだけである。
 つまり、法的な根拠はどこにもない。
 私が話をした同人作家は十名はいたと思うが、前提の段階で、ほぼ全員が間違っていた。
 いや、なんだこれ。
 私は唖然とするしかなかった。

 世の中の法律は、白か黒かをはっきり決めずに、グレーゾーンが存在することが多い。
 法律には解釈の余地を残し、完全に合法かどうかは疑問が残るが、非合法とも言い切れない、そういうあいまいな境界線が残されているのだ。
 人間という生き物は決して道徳的に「正しい」とはいえず、かといって「邪悪」ともいえない。
 白黒はっきり決めてしまうと、かえって不合理になることも多いのだ。
 つまり、社会的にみて好ましいこととは言えないが、取り締まるほど悪くもないことは、意図的に「お目こぼし」をすることで、余計なコストを避けているのである。
 ぶっちゃけ、出版社側の本音をいうなら、取り締まる費用だって無料じゃないのだし、損害が小さな違法行為は、意図的に見て見ぬふりをするという判断もアリなわけだ。

 しかし、何事にも程度というものがある。
 お目こぼしをしてもらったからといって、それが当然の権利だと思われては困る。
 実害に及ぶようになったから、前回話したように、S社の社員が出張ってくる事態になったのだ。

 目の前に非常に面倒くさい問題が迫っている。
 これを正しく認識している同人作家は、驚くべきことに、ほとんどいなかったのである。
 彼らは、仲間内の常識が出版社には非常識であることに気が付いていなかった。
(つづく)